怪しいと思ってた
キッチンの蛇口レバーが
遂に壊れて
水が出せなくなり
一晩不便だった事がありました。
夕飯は食べられるけど
洗い物がしにくいから
なるべく
食器減らして‥
というイレギュラー。
その時は
何も思わなかったけど、
翌日の晩になって
キャンドル灯す時に
あ、昨日は
キャンドル無しで食べてた‥
と氣が付きました。
部屋自体は
そんなに暗くない。
ただテーブルの上に
照明がないのは
どうも無理してる感が
出るのはなぜ。
不便を耐えてる感じ。
なのに、あの日は
全然氣にならなかったって‥
キャンドル灯す事自体が
暮らしの、
そして心の、
余裕の表れなんだなぁ
ありがたい事なんだ
と思いました。
奇しくも
3月11日でした。
キャンドルついてない時

明るさは、ある。
実際はもうちょい暗い。
灯したら

ヘルパーさんの美味しいご飯が
キラキラと映える。
「映える」って
人に見せるんじゃなくて
自分が見て喜んだ時に
使う言葉。
心にちゃんと
余白を持って
自分の目に
美しいものを
見せてあげたい。
あらためて、
そう思いました。
テーブルから離れても
視界の端に
炎がチラチラ揺れてるのが
心地よくて、
昔から
キャンドルのフェイクを
置いてた時期も長かったけど、
やっぱり火には敵わない。
いつまで続くかなー
炊飯器壊れた時から
鍋で炊きだして
もう20数年経つけど、
キャンドルはどうかな⁇


