山椒

大好きな山椒の季節です。

 

今年はInstagramで
山椒をあれこれと
仕込んでる投稿を見かけて
久しぶりに
山椒を炊く事にしました

一度買った分では
充分じゃないなーと思って
もう一回買いに走り

下ごしらえして

 

佃煮、
オリーブオイル漬け

それから
いただいた葉山椒を刻んで足して
ちりめん山椒、

あとは冷凍するか、
醤油漬けか塩漬けか…

 

はー大満足♡

 

好きでも
氣持ちに余裕がないと
できませんねー

 

買うより
作った方が
好きな味にできるし、

 

醤油やオイルも
お氣に入りのものを
使えるし、

もちろん
添加物も入らないから
体にも負担がない

 

添加物の多さは
食べた後に
胃にどーんときます
味の質も下がる

 

だから
作るとやっぱり嬉しいな

ごはんの時間が楽しい♪

 

 

子どもが小さなときは
時間も氣持ちも
余裕がなくて
できなくて、

 

 

子どもが生まれる前は
興味がなかった

 

買えばよくない?!
って思ってた

 

 

そうやって
変わっていく私を
夫が不思議そうに見てます笑

 

変わるというより
本来の自分に戻っていく感じ

 

本当は
好きだったんだなぁ

 

季節を感じて
チマチマと
一年分の保存食を仕込む事

 

 

次は梅の季節♡
一番好きな
昔ながらの梅干しを漬けよっと

自由になれた日

ずっと大切にしていたものを
手放しました

 

それはずっと
心の支えで
心の拠り所で
いつでも帰れる場所のような
そんなものだったのに

 

もう何も
名残惜しくないほど
さらりと
心が離れていってるのを
氣のせいにしなかった
自分を褒めたい

 

いろんな感情が湧いても
否定しないで
受け止めて
それでも前へ前へと
進む自分を認めたい

 

ここまで
私も自由になれたんだなぁ・・・
そう思った事は
きっと忘れないと思う

 

自由って軽やか♪

 

自由って
自分に対する信頼感♪

自由って
孤独を選べるという
ことでもあるかもしれない

 

孤独でないと
本当の自分には
だどり着けない

 

本当は
自分が何を感じているのか
一人にならないと
受け取り切れない

じーっと見張ってるものは何?

あー嫌だ
って思うような時
それ、やめたかったら
今すぐやめられます

 

やめていいです
やめたくないのよ
まだ感じていたいのよ
というなら
それも良し

 

いずれにしても

 

嫌いな事に
焦点を当てる人生を
「自分で選んでる」

 

こう思えるかどうか?
ここがめっちゃ重要ポイント

 

好きで
嫌な方に注目している

 

じーーーっと
見張ってるんです

 

だから
やめたかったら
まずは
嫌なものを見張ってる自分に
氣付くところから

 

嫌な方を見張っているうちに

目の前の幸せを
つぎつぎと取りこぼしてる事に
氣付いてほしい

 

それもまた
自身の選択の自由

 

そっちでほんとに大丈夫ですか?

 

いつでも自分の好きな方を

選べます

 

 

だったら私は
もっと美しくて
もっと豊かで
もっと自由な方がいいなぁ


あなたはどうですか?

GWは恒例家族旅行で白馬へ

ゴールデンウイークの三日間
大学進学で家を出ている
息子も帰ってきて
家族で春スキー旅行してきました

 

白馬は

山の景色が格別で

 

春から夏にかけて

家族で度々訪れている

大好きな場所です




自転車で散策したり

 

温泉に入ったり

 

外国人が多くて

パンやコーヒーが美味しくて

 

村の雰囲氣が

なんとなく

おしゃれなのも好き



お氣に入りのカフェが

ゴールデンウイーク休業に

なってしまったり

 

新しい飲食店も

次々できていたり

 

村の様子も

年々変化しています




白馬の

ゴールデンウイークは

とても賑やかだけど

 

今回は

とても静かで心地よくて

見晴らしも最高な

喫茶店を見つけました

 

 

喫茶店とは思えない
お料理しているキッチンの横に
薪窯の厨房があって


すっごい本格的だけど

パンは
お店のちーーーさな棚で
販売してるのみらしく
(メニューは主に
コーヒーやドリンクだし)
あとは
「氣に入って下さった方がお電話で…」
注文入るらしく

 

それだけ?!
うそでしょ?!
この立派な厨房で?!
と思うような
不思議な本格派でした。笑

酵母も起こしてるそうで
カンパーニュは
とっても美味しかった!


私は

お店や商品の中に

人の熱い思いが表れていないかと

随所を探し回り

こだわりを聞くのが

たまらなく好きです

 

なぜかな?

 

人が何かに情熱を注いで

生き生きしているところを

想像できると

 

あぁこの人にも

幸せな時間があるんだな

 

と嬉しい氣持ちになるから


みんなが

自分の好きな何かに

使う時間を

持てていますように

 

と願うから

(夜通し運転してそのままスキーして、

次の日は温泉入って疲れがどっと出てw

この絶景ソファでうたた寝。座り心地が天国♡)

 

 
最終日は

源泉かけ流し
(循環なし加温加水なし)
の温泉に入って

姫川という川の
源流にいくのが定番


兵庫への帰り道は
この姫川に沿って日本海へ抜けます

だから
この大きな河川が
こんな湧き水から
始まっているのを
目の当たりにすると
本当に
自然は雄大だなぁぁぁぁぁ

と、
言葉でいうのは易いけど
体感として得るものは
計り知れないものです

大きくなった子供とも

楽しい時間を
共有できることも
しみじみと幸せでした

家族でスキーは恒例行事で

 

次男は歩けない頃から

私と一緒に

スキー場のレストハウスで

夫と長男が滑っているのを

待っていたり

 

吹雪がすごくて

車の中から出られず

運転席で遊んで

待っていたり

 

おじいちゃんおばあちゃんと

一緒に行ったこともあるし

 

思い出がいっぱいです

いつの間にか

断トツで

私が一番へたくそになり

 

今回はほんと

ちょっともう

いよいよ筋肉を

なんとかしないと

と落ち込み…

 

まだまだ

海で泳ぎたいし

山でスキーもしたい

 

50代の課題は

筋肉だ!!

 

振り返ったら成長を感じてまた軽くなった♡

以前のブログを

書き始めたころの投稿を

改めて読んでみたら

 

懐事情を

晒け出しすぎてて

かなり恥ずかしく

 

その投稿は

非公開にしました^^;




あの頃は

人に迷惑を

かけたくない一心で

色々と隠しすぎる自分を

打破したくて

 

ブログに書くという

晒す勇氣で

自分を正す

みたいな事をやっていました

 

だから

非公開にしたいくらい

晒け出してる文章を

読んでると

 

ありありと

あの頃の心情を

思い出して

 

あぁ本当に私

楽に生きられるように

なったんだなぁ

軽くなったなぁ

と嬉しいデス




ブログを書き出した頃

 

周りの人や

両親にも

カミングアウトして

 

そこから

さらに自分と向き合って



動けない時期も経て

 

自分の体の有り難みを

つくづく実感し



たくさんの学びを通して

今あるものに

心から有り難いと

感じられるように

なった



同じような日々に

とても大きな充実感を

得られるようになりました



どこか

満たされない

何かが欠けてる感覚が

「今あるもの」で

すっかり埋め尽くされた



心の自由を

どんどん手に入れて

 

シンプル思考になって

 

何が起きても

私は私でいられるという

安心感が増しています




さぁ今日も

ふぁっと軽い心で健やかに♡

 

【がんネタあり】分かるのは自分のことだけ

珍しくTverで

ドラマをみました

 

とあるドラマのセリフで

バリキャリ役の田中みな実が

「私だって遊んでるわけじゃ

ないんだよ⁈」

って夫にキレる

シーンがあって

 

じゃあ

遊んでたら責められて

仕事なら認められるのか⁈

 

と観てた私が

逆ギレしました笑笑

 

 こういうセリフは

完全に自分を見失ってるから

出てくる

 

仕事は

優先されて当然

とか

 

仕事は上で

遊びは下

とか

 

さらには

忙しい事が

充足感や優越感を

満たすなんて

 

そんなの全部

幻なのだ

 

私もかつて

暇なのは悪で罪で不幸

みたいな価値観に囚われたり



みんなもっと頑張ってるから

私ももっともっと

バタバタ忙しくするべき

 

仕事の予約でいっぱいにしなきゃ!

あそびじゃないんだから!

みたいなのがあって

自分で勝手に

苦しんでた時期がありました

 

そんな風には

できなかったから

苦しかった

 

だけどもう

自分には自分のペースがあると分かって

私の価値観で生きて良いんだと

体で分かってしまって

 

遊んでるような

仕事してるような

休んでるような

境界線が曖昧なのがいいなって

思うようになり

 

私にとって大切な

家のことを

犠牲にするのもやめて

 

自分のしたい事を

犠牲にするのも

やめました

 

もうそうではない自分に

懲り懲りだった

あるいは

飽き飽きしてたのかもしれない

 

そして

家事以外の予定が何もない

ダラダラと

家で独り過ごす日を

何日でも

思い切り満喫できるように

なったら

 

私や家族の幸せ度が

ぐーんと随分上がりました

 

仕事では

お客様の満足度が上がりました

 

私の健康度も上がりました

 

そういえば

乳癌の具合を

たまに聞かれますが

 

3ヶ月に一度

病院の検診をうけて

 

ホルモン療法で

月経を止めてます

 

この三年間で

腫瘍マーカーの数値は下がり続け

腫瘍は徐々に小さくなってます

 

5、6年前から

脇のリンパ節転移があって

 

3年前ピークだった

胸水もまだ少し溜まってます

息苦しさは

普通の人がマスクしてる程度かな

と思ってます

 

骨転移は治ってます

 

経緯は全て

以前のブログに書いてます

https://ameblo.jp/akikodiary135/theme-10109961919.html

人によっては

ホルモン療法がよく効いてるね!

と言うし

 

あるいは

奇跡だ

と言うし

 

あるいは

そういうタイプの癌なのね

と言う



私は

心の健康を

とことん求めてきた結果だね!

と思っています

 

心が健康だったら

体はついてくるし

行動も伴います

 

 

心という

見えないものが

一番大事にできれば

安心して

満足して

生きられるのだと

確信しています

 

仕事やお金や人間関係で

幸福度を決めない

 

そこで自分の価値を

測らなくていい



私は決して

ポジティブな人間でもないし

体力が有り余ってる

タイプでもなく

 

否定的な面も多いし

独りの時間がないと

疲れるし

休まないと動けない

タイプです

 

そういう自分を理解して

偏らないで

バランスを取りながら

 

どんな自分も

許していきたい

 

そうやって

いつも心の中は

平和と穏やかである

暮らしがしたい

それが私にとっての

一番の幸せです

ドラマをみてたら…

なんて

日々の何氣ない出来事からも

私たちはこんなふうに

色々思ったり感じたり

繰り返してるけど

 

すかさず

「なぜ私はそう感じるの?」

 

と問いかけるだけで

 

自分の軸で生きる

きっかけになります

 

分かるのは

自分の事だけ

あとは全部 幻



自分の内側を

じっと見ていけば

 

周りや外側の世界は

氣付いたころに

見違えるように

変化していくから

 

自分だけの幸せのカタチを

見つけていきましょ

じっくり自分の体と対話してこ

辛い症状が出ているときほど
しんどい事で頭いっぱい

辛くて何も考えられない

 

それくらい
今まで体を後回しにしてきた
無理をさせてきた

 

だから今
体を後回しにできないように
症状によって
自分の体に集中させられている

 

そう受け止めて
もうこんなにしんどいのは嫌
って懲りたら

 

ただ薬でおさえるだけでなく
体全体のバランスを取れる
プロに預けて
すっかり任せて

 

今までとは違った方法で
癒すことに集中しましょう

そうすれば
病気をきっかけにして
自らを成長させることができる

 

自分の体に

 

ありがとう

 

ごめんね

 

許してね

 

愛しているよ

 

と言ってあげる

 

じっくりと
自分の体と対話してこ♡

この体と
死ぬまで一緒なんだから

 

痛い・辛い・苦しい

 

よりも

 

氣持ちいい・楽ちん・幸せ

 

って感じさせてあげよう

 

安心な世界の作り方

タロットの事ばかり
書きます・・・笑

 

マルセイユタロットは
信じるか信じないか
というよりも

 

自分がカードを通して
感じたことを
受け入れるかどうか

 

結局は
自分の感覚を
認められるか?
と問われています

 

自分の感覚は
「本当の私」です
情報では絶対にたどり着けない
ありのままの私

 

アロマを使う上でも
一番大切なのは
「どう感じた?」だから

 

私の扱っている
アロマとタロットは
使い方が同じです

 

私自身がとても
思考よりのタイプで
感覚を鈍らせて生きてきて

今やっと
取り戻してきたから

 

感覚の大切さをお伝えしているんだろうな
と思っています

 

より具体的、日常的な迷い
「セレモニーに来ていく服が決まらない」
とか
「富士山に登りたいけど今年はどうか?」
とか

 

そんな質問でも
心の鏡は写してくれます

 

ちなみにこれは

私自身の質問で

カードに問いかけたら

セレモニーには行かなくていいし

富士山には登らず湖から景色を楽しめ

という答えが出てきました笑笑
びっくり!
だけど
最終納得!

 

おもしろいーーーー

 

カードを見たまま
「湖からの景色を楽しんでいる」
これが直感
その後に湧いてくる
「やっぱり登りたい!」
という感情は
思考なんですよねぇ

 

思考と感覚を分けるには
トレーニングが必要です

 

 

直感や直観を
メッセージが降りてきた
という言い方が
あるけど

 

私には
内から湧いてくるもの
という表現が
しっくりきます

 

「何となく」
とか
「不意に」
「~な氣がする」

そういうものです

 

だけど
それですら
瞬間的な思考が
ニセ感覚を装っていることもある

 

それくらい
考える事ばかり
鍛えてきたから

 

無意識に
思考も働くから

 

そこを搔き分け搔き分け
自分の感覚にたどり着く

 

最初は
その繰り返しです

 

だから私は
嫌だなー!って思いながらでも
カードの示すとおりに
行動してます

 

そしたら
やっぱり辻褄が合ってくるし
シンプルに
スムーズに
物事が進みます

 

こうやって
思考ではなく
感覚で
安心できる世界を築いていく

もうほんと
内側の探求は
飽きる事がありません

 

 

 

感じた事を受け入れると悩みの所在地にたどり着く

マルセイユ・タロットの
リーティングをさせていただくと

 

今までサロンでは
聞かなかったようなお話を
されます

(10 運命の輪)

 

常々
施術やアロマの講座をしていて
「仕事辞めたほうがいいのか
転職したほうがいいのか」
というようなことについて
私が答えを用意している訳では
ありません

 

でもリーディングを始めてから
「悩み」に対する
「答え」を導き出すようになって
(とはいえ
マルセイユタロットでは
答えはご自身の中にあるので
私が答えを出す訳ではないけど)

 

「悩み」
(あるいは「迷い」「課題」「モヤモヤ」)
の内容を明確にするだけで
かなりスッキリします

 

例えば件の
「仕事を辞めるか転職するか」
だと

・どんな仕事をしていて
・どんな事が理由で辞めようと思うのか?
・辞めたいのか辞めたくないのか?
・転職以外の選択肢はあるのか?
・あなたにとって仕事とは?

 

などを確認して
自分が何にモヤモヤしているのか?
焦点を絞って
明らかにしていきます。

 

そうすると

あれ、悩みの原因は
周りにどう見られるかだった

とか

辞めたいとおもってたけど
本当は辞めたくない

とか

本音が見えてきて

 

それだけで既に
半分くらい解決して
スッキリしたり

 

だから
意外と人って
何でモヤモヤしているのか
自分で分かってない事が分かります

 

悩みの所在地が
分からないなら
それは
解決しようがない

 

まずは
自分の感情を受け入れて
認めないと
先には進めません

 

モヤモヤってどういう感じなの?
何にモヤモヤしてるの?

 

と自分に問いかけて
ありのままの感情を
一旦見てみる

 

そうやって整理して
心を波を沈め
カードに心を映してみて

 

なにが見えるのか?

 

と紐解いていくのが
マルセイユタロットです。

 

カードを展開する前の
質問を決める準備が
とても大切で、

 

それが日常的にできれば
カンタンに解決できる悩みも
きっと多いでしょう

 

自分の感じたことを
いちいち見ていくことは
どんな方法でも

 

アロマを使うでも
瞑想でも
書き留めるでも・・・

 

日課にしたいですね

(レインドロップは体を整える瞑想♡)

言葉の威力。「闘病」とは

物事の捉え方や

意識の向け方で

見える世界は一変する

 

これは私の大原則です。

 

この視点から

病気と向き合う時に

絶対外せないのは

治療法よりも先に

心の在り方だと思っています。



以前から闘病という言葉に

とても抵抗を感じていて

闘病→病気と戦うこと。くじけず積極的に療養する事。



なんか反発が強すぎないか⁈

そんな強く向き合ったら

ポキっと折れそう…

 

こんな言葉無くなればいいのにー



この言葉

自分が癌になるまでは

多分氣にも止めてなかったと思うし

もしかすると

他の人に対して使っていたかもしれません



自分が癌になってから

敏感になり

「癌と戦う」とか

「闘病記」とか

「癌に負けない」

というような言葉を見るたび

不快感を感じてきました



戦わなくて良いんじゃないかなぁ

そういう捉え方は

結局自分を嫌悪してることと

同じじゃないのかなぁ



言葉が現実へと導くエネルギーは

すごく強くて

 

戦いにすると

病気も治療もとても苦しい。

 

勝つか負けるかの二択は

とても苦しい。



だからその言葉に導かれて

必然的に苦しい状況になっていく

という事はないでしょうか



私は

体が必要として偏った状態になり

症状が出ているのだから

治すためには

全体のバランスを整えたら良い

という捉え方をします



体は間違えてない

 

症状はベスト

 

これは私の大前提です

ここからどうしたら良いか

向き合っていく



自然療法や古代医療は

どれも本質的に同じだと思います



病気は人生をより良く変える

きっかけで

 

病気になったからこそ

今までの生き方を

見直さなければならないし

 

自分に合わない生き方を

してきたから

病気になってると捉える



戦うより

感謝した方が氣分良くないかなぁ

と思ったりします

だって自分の体なんだもの



先日手にした本は

まさに「闘病記」でした

帯は

「今日もがんに負けなかった」

 

あぁもう辛い

勝つか負けるかにしちゃいけない…

勝ち負けは

いつか負けるんだよ…

 

本の半分くらいまでは、

 

そんな捉え方は辛いなぁ

なんでもっと体の無限の可能性を

信じられなかったんだろうなぁ

 

と残念に思いながら読んでいました



でも後半以降読み終えた時には

いよいよ体が衰弱していく中でも

彼は希望を見出して

懸命に生きていると感じたし

 

私たち読者は

この本によって生死について

多くを感じたり考えたり

するのだから

死んだ後の役割が大きい

そういうひとつの生き方を

見せてもらったのだと

思いました



ただもしも

もっとこの人生を生きたい

と本当に望むのであれば

 

闘病という言葉や病気に

どんなイメージを載せているのか

見直してみるのは

大事な事かもしれません

 

どんな治療を選ぶのか

という具体的な方法の前に

心の在り方の方を整える

その方が

ずっとずっと影響力が強いからです



どんな名医や治療法に巡り合えても

最後は自分の体にかかっているのだから

ギリギリになって神頼みするよりは

 

最初から

自分の心を整え

信じられる自分を

取り戻そうとした方が

何が起きても安心でいられる



まずは

今ある全てに感謝して

心を満たして

軽やかになれたら

それだけで最高♪

 

湧いてくる感情に

一喜一憂しないで

冷静に

一旦受け止める事も

とても大切です



盛り上がった感情は

いつか落ちます

 

感情のジェットコースターに

乗りっぱなしの人生で

ほんとに大丈夫ですか



自分の意識はどこに向けますか


私はいつも進化させたい

進化と退化しかないのなら

いつも進化させたいな